2016年6月13日、米国最高裁判所はHalo Electronics, Inc. v. Pulse Electronics, Inc.事件およびStryker Corp. v. Zimmer, Inc.事件579 US Halo/Stryker Decision について、米国特許法284条に基づく故意侵害の認定ならびに損害賠償額の増額の現行の基準を否定する判決を下しました。特に、連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)が2007年にSeagate判決で確立した二段階テストは不当に硬直的であるとしてこれを否定し、(故意侵害による懲罰的)損害賠償額の増額の決定は地裁の裁量権にて、また低い立証責任の基準に基づいて決められるべきであると判断しました。この結果、損害賠償額の増額は「甚だしいケース」にのみ適用されるべきであるとするものの、原告が損害賠償の増額を勝ち得やすくなったといえるでしょう。さらにこの判決は、以下に言及するように、当該法を特許侵害の通知を受けた後に弁護士のアドバイスを求める必要性が高かったSeagate判決以前の状況に逆戻りさせることになるかどうかということを提起します。
米国特許法284条は、裁判所は「(特許侵害の)損害賠償を3 倍まで増額し得る」と規定しています。CAFCによる2007年のSeagate判決では、284条が定める損害賠償の増額を勝ち得るためには、侵害が「故意」であったことを特許権者が立証しなくてはなりませんでした。Seagate判決は故意侵害を決定するための2段階テストを確立しました。第一に、特許権者は被疑侵害者の行為が「客観的に無謀」であったということを、明白かつ説得力のある証拠(clear and convincing evidence)で立証しなければなりませんでした。Seagate判決以前は、主観的な認識を弁護士による鑑定書にて提出することで、故意侵害の訴えに対して被疑侵害者の抗弁とすることが出来ました。Seagate判決は、被疑侵害者の主観的な認識は無関連で、故意であったか否かは客観的に判断されなければならないとしていました。このSeagate判決の二つのうち第一の要件は、裁判官によって判断されていました。仮に特許権者が第一の要件である「客観的に無謀」であったことを立証できた場合、次に第二の要件として、「被疑侵害者が侵害を認識していた、もしくは認識していてしかるべきほどあからさまであった」 か否かを、これも明白かつ説得力のある証拠をもって立証しなければなりませんでした。このSeagate判決の第二の要件は陪審によって決められました。
Seagate判決によって、特許権者が故意侵害を立証すること、特に第一の要件にて立証することはより難しくなりました。被疑侵害者が訴訟にて「客観的に無謀」ではなかったという抗弁を持ち出す限り、裁判所は故意侵害の判定を避ける傾向にありました。従って、仮に被疑侵害者が(ZimmerがStryker事件でしたように)特許商品を露骨にコピーしたとしても、訴訟にて妥当な抗弁がなされさえすれば、被疑侵害者の訴訟前の行為は概して対象外とされていました。
Halo/Stryker事件において、最高裁はSeagateの二段階テストを「不当に硬直的である」として否定しました。最高裁は、所謂海賊のように露骨に特許商品をコピーする侵害者が、単に訴訟中弁護士の「創意工夫」によって侵害の判決を免れることができることを問題視し、むしろ、故意であるか否かは侵害通知の時点で測られなければならない、としました。また最高裁は、似たようなCAFCのテストで285条の弁護士費用を決めるテストを拒絶した2014年のOctane Fitness判決についても言及し、その結果、故意侵害の決定はこのような二段階テストに頼ることなく、下級裁判所(地方裁判所またはCAFC)の裁量権に任せられるべきとしました。また、最高裁は、故意侵害の認否を決めるのに明白かつ説得力のある証拠を用いるという基準を拒否し、証拠の優越性(preponderance of evidence)という低い基準(通常特許侵害訴訟に用いられる)が適用されるべき、としました。そしてさらに、Seagate判決の故意侵害について 控訴審(上訴)において下級審のレビューの基準を、「裁量権の乱用」として、これを拒否しました。
この最高裁の新しい柔軟な基準に基づき、考えられる限りでは、特許権者が故意侵害をより立証しやすくなったと言えるでしょう。しかし、最高裁はその判決文並びにBreyer裁判官、Kennedy裁判官、Alito裁判官による同意意見にも何度となく、故意侵害認否は故意の不正行為に代表されるような「甚だしいケース」に制限されるべきであり、増額損害賠償は稀なケースで、悪質な侵害行為を処罰するためのものあるべきだとしました。
最高裁はまた、故意であるかどうかは今や侵害通知の時点で判断されることになるため、
被疑侵害者が侵害の訴えを(書面通知や訴訟にて)起こされた時、弁護士による鑑定書を入手すべきかどうかの問題にふれました。これに関連し、米国特許法298条は、弁護士の鑑定書を入手しなかった事実は故意侵害の証明にならない、と規定しています。従って、被疑侵害者が弁護士の鑑定書を入手することは必須ではありません。さらに最高裁は、鑑定書入手が、特に小さい企業や個人にとっては高額で煩わしいものであることを認め、また故意侵害立証の基準を低めることがパテント・トロールをつけあがらせかねないということも認めました。また同意意見では、この新たな故意侵害の基準によって、企業が特許侵害で訴えられる可能性を恐れるようになり、新しい発明や革新を妨げかねない、という懸念も示しました。これらの理由により、最高裁は故意侵害の認定は稀であるべきだとしました。最高裁はまたいっぽうで、弁護士の鑑定書が被疑侵害者にとって、(故意侵害の)訴えに関する対応を決める上でも重要であろうことも認めています。これにより、最高裁の判断は、弁護士の鑑定書を入手することは、特に故意侵害の主張に懸念がある場合には良い行いではあるが、必ずしも必要なわけではない、としているように見受けられます。
例えば、ある企業が通知書を受け取ったとします。もしその企業の知的財産部門が米国特許法を適切に理解しており、明白な非侵害、特許無効、もしくは他の抗弁があると確信する場合は、そのような抗弁に対する強い確信を記録するためのメモやEメールなどを配信してもよいでしょう。もし逆にその企業が、通知にある主張には実体があるかどうかわからなかったり、その企業に米国特許法に明るい社員がいなかったりした場合には、米国特許弁護士にアドバイスを求めるのが一番よいでしょう。一旦通知を受理し和解が現実的でない場合、私のお勧めは常に、最低でもリスク評価と最適な対処法を決めるという目的で米国特許弁護士にアドバイスを求める、ということです。
Halo/Stryker判決に基づいて、リスク評価がなされたら、故意侵害の主張に対する抗弁として鑑定書を入手するべきか否かを決めます。しかし、そのような文書のやり取りも、一度訴訟にて使われれば秘匿特権を失いますので、準備には注意が必要です。
さらに、Halo/Stryker判決はまた、Seagateの二つの要件が除外されたので、裁判官が故意侵害認定に関わるべきか否かという問題を提示します。上記のように、Seagateの第一の要件は裁判官によって決められ、一方第二の要件は陪審によって決められることになっていました。Halo/Stryker判決の後、少なくとも一つの裁判所にて、特許故意侵害の認定には(裁判官の意見を含むことなく)陪審による評決のみで十分である、と判断されています。Sociedad v. Blue Ridge Decision
総括すると、米国最高裁判所のHalo/Stryker判決は、損害賠償の増額は海賊版コピーのような甚だしいケースにのみ適用されるべきとするものの、考えられる限りでは、故意侵害の立証をより容易にしたと言えるでしょう。この判決はまた、将来故意侵害の訴えに抗弁する必要がある場合に、弁護士の鑑定書や内部文書を用意すべきかどうかという問題も提示しました。もしこのような問題が懸念される場合は、担当の米国特許弁護士に相談されるとよいでしょう。